文字を刷ることから、絵を刷ることへ:版画はいかにイメージの運命を変えたのか
紙の上のアート|手描きとデジタルによるオリジナル作品をジークレープリントで再現し、中性素材を用いたマウントと額装で仕上げています。

文字を刷ることから、絵を刷ることへ:
版画はいかにイメージの運命を変えたのか
紙の上のアート
手描きとデジタルによるオリジナル作品をジークレープリントで再現し、中性素材を用いたマウントと額装で仕上げています。
今日、イメージはいたるところにあります。スマートフォンの画面、本のページ、ポスター、SNS、そして街のあらゆる壁面にまで、その姿を見ることができます。
しかし、まだ印刷がなかった遠い昔、ひとつのイメージは、多くの場合、原作のある場所にとどまるしかありませんでした。宮廷や宗教施設、あるいは限られた人々の住まいに収められ、そこを訪れなければ、目にすることすらできなかったのです。

印刷術の登場が、その状況を変えました。
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印刷はまず、文字を一冊の写本から解き放ち、安定して複製し、広め、保存することを可能にしました。やがてイメージも版に刻まれ、紙に刷り取られるようになると、版画は芸術を原作のある場所から外へと運び出します。持ち歩き、流通させ、人々の目に届けられる、新たな表現の形が生まれたのです。
アムステルダム、レンブラントの家美術館の版画工房。
Photo: Remi Mathis / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0.
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こうして知識は地域を越え、芸術も、その場を訪れることのできる少数の人々だけのものではなくなりました。版画の歴史は、技術の変遷だけをたどる歴史ではありません。イメージがどのように世界へ広がり、人々の目に届くようになったのかを物語る歴史でもあります。
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01
文字とイメージが、
ともに刷られるとき

東アジアでは、早くから木版印刷が経典や暦、知識を広めるために用いられていました。
制作年代が明記された、完全な形で現存する最古の印刷書は、唐の咸通9年(西暦868年)に刊行された『金剛般若波羅蜜経』、通称『金剛経』です。

王玠という信者の発願によって刊行されたこの長い経典は、巻物の形に仕立てられています。巻頭には、仏陀が説法する場面を描いた精緻な木版挿絵があり、現存する世界最古の印刷書籍の挿絵とされています。
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印刷は、はじめから単に「文字を刷る」ためだけのものではありませんでした。文字が広く伝わるようになると同時に、イメージにも複製され、流通する可能性が開かれていったのです。
木版印刷の原理は明快です。文字や絵を左右反転させて木の板に彫り、墨をのせる部分を凸面として残し、そこから紙へと刷り取ります。
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しかし、一見単純に思えるこの工程は、原稿、彫り、墨の調子、紙、そして摺りの経験がそろって、はじめて成り立ちます。
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図像の鮮明さ、線の安定感、文字の力強さは、こうした細部にかかっています。印刷の始まりから、イメージはただ多く「複製」すればよいものではなく、慎重かつ正確に、別の素材へと移し替える必要があったのです。
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02
グーテンベルク以後:
広く伝わる形となった文字

1455年、ヨハネス・グーテンベルクとその協力者たちは、ドイツのマインツで『グーテンベルク聖書』を完成させました。
これは、西ヨーロッパで初めて可動式の金属活字によって印刷された、記念碑的な書物です。書物をつくる技術と芸術の転換点を示すとともに、中世から近代へと移りゆく世界の道標にもなりました。

グーテンベルクによる機械式印刷機の発明は、人類が蓄積してきた知識を、文字を読めるすべての人の共有財産にする可能性を開きました。それは、人間の思想を解き放つ大きな前進でした。
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文章をより安定して、効率よく組版・複製できるようになり、書物は写本の時代から、大量に流通するメディアへと少しずつ変わっていきました。
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『グーテンベルク聖書』の魅力は、手仕事が完全に失われていないところにあります。印刷を終えた後も、多くの頭文字や装飾は、職人の手で描き加えられました。
Mark Pellegrini / Raul654 / CC BY-SA 3.0.
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この書物は、二つの時代の境界に立っています。機械による複製の始まりを象徴しながら、手書きの文字や装飾の痕跡もとどめているのです。
印刷は人の手に取って代わるものではなく、その手が生み出した形を、より遠く、より多くの人へと届けるものでした。
マルタン・ボドメール財団(Fondation Martin Bodmer)蔵。
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03
デューラー:芸術家の作品としての版画


印刷が成熟するにつれ、イメージは書物のページを補うだけの役割から離れ始めます。
その変化を導いた重要な人物の一人が、ドイツの芸術家アルブレヒト・デューラーです。1498年、彼は木版画連作『黙示録』を発表しました。なかでも〈四騎士〉では、疾走する馬、交錯する身体、強烈な白と黒の対比によって、宗教の物語を、見る者に迫る圧倒的な光景へと変えています。
Dosseman/CC BY-SA 4.0
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デューラーは、木版画が物語に挿絵を添えるためだけのものではないことを示しました。構図やリズム、劇的な表現を備え、芸術家独自の作風を宿すこともできるのです。
Mike Peel/CC0
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1514年の〈メランコリア I〉(Melencolia I)では、銅版のエングレーヴィングによって、驚くほど緻密な光と影、質感を生み出しています。画面に置かれた幾何学の道具、魔方陣、梯子、そして思索に沈む翼のある人物は、版画を知識や創造、人間の不安をめぐる領域へと導きました。

デューラー以降、版画は絵画の代わりとしてだけではなく、芸術家自身が構想し、彫り、自らの名を記し、収集される独立した作品として捉えられるようになります。
04
金属の版に宿る光と幻想

17世紀、凹版の技法は版画の表現をさらに複雑で豊かなものにしました。木版画とは異なり、エングレーヴィングやエッチングでは、金属板に刻まれた溝が線をつくります。インクをのせた後、表面の余分なインクを拭き取り、湿らせた紙を圧力によって細い溝へ押し込んで刷ります。この方法は、ごく繊細な質感まで捉え、光や天候、空間に豊かな奥行きを与えました。

レンブラントが1643年に制作した〈三本の木〉は、エッチングの代表作です。遠くの雷雨、右から低く差す日光、前景の土地の起伏によって、一枚の紙に描かれた風景の中で、今まさに天候が変わりつつあるように感じられます。木々を描くだけでなく、空気や時間までも見る者に感じさせる作品です。
レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt van Rijn)、〈自画像〉、1660年。油彩、カンヴァス。メトロポリタン美術館蔵。
The Metropolitan Museum of Art / CC0.
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18世紀になると、イタリアの芸術家ピラネージが、連作『牢獄』によってエッチングを別の極限へと押し広げます。階段、アーチ、跳ね橋、巨大な機械が織りなすのは、存在しえないはずなのに、確かな実在感を持つ建築空間です。夢のようでもあり、権力や秩序の比喩のようでもあるその光景。ここで版画は、世界を記録するだけでなく、ひとつの世界をつくり始めたのです。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ(Giovanni Battista Piranesi, 1720–1778)、『牢獄』(Le Carceri d’Invenzione)、1750年頃(1761年改訂版)。エッチング。大英博物館蔵(またはメトロポリタン美術館蔵/世界各国の主要美術館にも所蔵)。
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05
版画が社会を批判し始めるとき


版画の力は、技術だけでなく、考えや視点を素早く広められることにもあります。1799年、スペインの芸術家ゴヤは『ロス・カプリチョス』を発表しました。なかでも第43図〈理性の眠りは怪物を生む〉は、最もよく知られた作品です。
フランシスコ・デ・ゴヤ、〈自画像〉、『ロス・カプリチョス』第1図、1799年。エッチング、アクアチント、ドライポイント、エングレーヴィング。メトロポリタン美術館蔵。
The Metropolitan Museum of Art / CC0.
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画面では、机に伏して眠る人物を、フクロウやコウモリ、闇に潜む生き物たちが取り囲んでいます。ゴヤはエッチングとアクアチントを用い、理性、迷信、恐怖、権力を、一枚の不穏なイメージへと織り込みました。
この作品は、版画が美しさを伝えるためだけのものではないことを教えてくれます。社会を批判し、人々が共有する不安を掘り下げ、アトリエの中にとどまっていた考えを、より多くの人の目に届けることもできるのです。
フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco de Goya, 1746–1828)、『ロス・カプリチョス』より〈理性の眠りは怪物を生む〉(The Sleep of Reason Produces Monsters, from Los Caprichos)、1799年。エッチング、アクアチント(Etching and Aquatint)。マドリード、プラド美術館蔵(世界各国の主要美術館にも所蔵)。
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06
浮世絵から街頭のポスターへ

一方、日本では、葛飾北斎が1830年から1832年頃に〈神奈川沖浪裏〉を制作しました。大波が画面をのみ込むように広がる一方、富士山は遠くに小さな三角形として描かれています。

鮮やかなプルシアンブルー、平面的な色面、大胆な構図。この多色木版画は、風景を見るという行為に、新たな視点をもたらしました。
葛飾北斎(Katsushika Hokusai, 1760–1849)、『冨嶽三十六景』より〈神奈川沖浪裏〉、1830–1832年頃。大判錦絵(水性絵具による多色木版)。東京国立博物館蔵(大英博物館、メトロポリタン美術館など、世界各国の主要美術館にも初期の摺りを所蔵)。
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浮世絵は、絵師、彫師、摺師、版元の共同作業によって生み出されました。役者、名所、美人、装い、都市の暮らしが、広く流通する視覚文化の中に取り込まれていきます。浮世絵は商品であり、デザインでもありました。その時代の流行を映しながら、のちのヨーロッパ美術における構図や色彩の捉え方にも、深い影響を与えたのです。
葛飾北斎(Katsushika Hokusai, 1760–1849)、『冨嶽三十六景』より〈甲州石班澤〉(Kajikazawa in Kai Province)、1830–1832年頃。木版、紙。ニューヨーク、メトロポリタン美術館蔵。Henry L. Phillips旧蔵、1939年に同氏の遺贈により収蔵。所蔵番号:JP2986。The Metropolitan Museum of Art / CC0.
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19世紀末には、石版印刷によってイメージが本格的に街頭へと進出します。1891年、トゥールーズ=ロートレックは、パリのムーラン・ルージュのために〈ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ〉を制作し、四色刷りのリトグラフで人気踊り子を描きました。大きな文字、平坦な色面、人物のシルエットによって、広告は単なる情報伝達を超え、新たな都市の美学となっていきます。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec, 1864–1901)の肖像。撮影:Paul Sescau。Wikimedia Commons / Public Domain.
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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec, 1864–1901)、〈ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ〉(Moulin Rouge: La Goulue)、1891年。カラーリトグラフ・ポスター(四色刷り)。ニューヨーク近代美術館蔵(MoMA/世界各国の主要なポスターおよび近代美術コレクションにも所蔵)。
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07
版画と大衆:労働、風刺、そして広がり

版画の重要性は、人々の暮らしと、つねに近い距離にあったことにもあります。ドイツの芸術家ケーテ・コルヴィッツは、1893年から1897年にかけて連作『織工の蜂起』を完成させ、エッチングやリトグラフなどによって、労働者の貧困、抑圧、抵抗を描きました。なかでも〈終焉〉は、版画を哀悼と告発の媒体にしています。イメージはただ見られるものではなく、見る者に応答を求めるものとなったのです。

ケーテ・コルヴィッツ(Käthe Kollwitz, 1867–1945)、『織工の蜂起』(Ein Weberaufstand)より〈死〉、1893–1897年。連作にはリトグラフ、エッチングなどの技法を使用。ドイツ、フランクフルトのシュテーデル美術館蔵。Städel Museum, Frankfurt am Main / Public Domain.
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ケーテ・コルヴィッツ(Käthe Kollwitz, 1867–1945)、『織工の蜂起』(Ein Weberaufstand)より〈織工の行進〉、1893–1897年。連作にはリトグラフ、エッチングなどの技法を使用。ドイツ、フランクフルトのシュテーデル美術館蔵。Städel Museum, Frankfurt am Main / Public Domain.
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ケーテ・コルヴィッツ(Käthe Kollwitz, 1867–1945)、『織工の蜂起』(Ein Weberaufstand)より〈終焉〉、1893–1897年。連作にはリトグラフ、エッチングなどの技法を使用。ドイツ、フランクフルトのシュテーデル美術館蔵。Städel Museum, Frankfurt am Main / Public Domain.
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ほぼ同じ時期、メキシコの版画家ホセ・グアダルーペ・ポサダ(José Guadalupe Posada, 1852–1913)は、骸骨の姿を用いた風刺版画を数多く制作しました。
José Guadalupe Posada / Amon Carter Museum of American Art, Fort Worth, Texas / Public Domain.
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1910年頃の〈オアハカの骸骨〉は、誇張された直接的な白黒のイメージによって、死、政治、民衆のユーモアを、街頭で出回る一枚刷りの印刷物へと持ち込みました。安価で流通しやすいこれらの作品は、版画が一部のエリートだけのものではないことを示しています。版画は、ニュースにも、冗談にも、批判にも、そして人々の共有する記憶にもなりうるのです。
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経典、聖書、宗教の物語から、街頭のポスター、労働運動、政治風刺まで。版画は、イメージの居場所を幾度となく変えてきました。芸術を収集できるものにすると同時に、持ち歩き、貼り出し、分かち合えるものにし、ときには、届きにくい声を伝える手段にもしてきたのです。
ウィリアム・ホガース(William Hogarth)、〈ジン横丁〉(Gin Lane)、1751年。エッチング、エングレーヴィング。メトロポリタン美術館蔵。
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08
版から紙へ:現代の紙の上のアート

デジタルの時代に入り、イメージはほぼ無限に複製できるようになりました。だからこそ、イメージを紙へ戻し、手で触れられ、長く保存できる実体あるものにすることが、より意識的な選択になっています。
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Cashonlyの作品は、手描きやデジタルによる原作から生まれます。手描きの原作は撮影によって色彩や筆致を捉え、デジタル作品は元のデータから出力します。色調整とジークレープリントを経て、それぞれの表現に宿る細部を、紙の上の階調や質感へと移し替えていきます。
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さらに、中性素材を用いたマウントと額装によって、一点ずつ丁寧に仕上げます。作品はSNSやスマートフォンのアルバム、展覧会の記憶の中だけにとどまらず、自分の空間に迎え、大切に収め、長くともに過ごせるものになります。
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一度見たあとも、ふと思い出す絵があります。ある色かもしれないし、絵の中に漂う感情かもしれません。いくつもの画像をスクロールして通り過ぎたあとも、もう一度見たいと思わせる何かが、そこにはあります。
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ジークレープリントは、伝統的な木版画、銅版画、石版画の代わりではなく、現代の画像出力の方法です。それでも、版画の歴史の核心にある精神を受け継いでいます。原版から紙の上へと像を刷り取るたびに、素材、色彩、大きさ、そしてどのように見せるかが選び取られるのです。
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一片の木、一枚の金属、一塊の石から、今日のファインアートペーパーとデジタル出力へ。素材や方法は変わり続けても、見る価値のあるイメージを残したいという願いは、変わりません。
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作品が芸術家の手を離れ、あなたの部屋の壁に飾られると、一日の中で移り変わる光が、初めて出会ったときには気づかなかった細部を見せてくれます。
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それは単なる複製を超えて、日々をともに過ごし、大切に収めていく一枚になっていきます。
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